過去を振り返ってバブル経済を学ぶ

バブル経済が起きた理由

バブル経済の発端は先進国間で合意された為替調整のルールでした。1985年に合意されたこの合意は同意された場所の名前をとり「プラザ合意」と言われています。この合意では、アメリカが「世界に対してドル安政策をとる」ことを表明し、それにアメリカを含む先進国(アメリカ、イギリス、フランス、日本、西ドイツ)が合意した会議でした。「みんなでドルを売る」というこの合意、当然売りが多ければドルの価値が下がることになりました。

その代わり「買い」の対象となったのが高度経済成長の発展めざましい日本の「円」でした。買いが多ければ値が上がるのが世の仕組み。円の価値は高まり、いわゆる「円高ドル安」の時代が来ました。もちろん円が上がりすぎると輸出産業は困ってしまい、日本の生産力で安くていいものを世界に出していたのに、結果的に外国から見て「高すぎる」と判断され、その結果輸出産業はそれまでの成長を保てなくなり、輸出主導だった当時の日本は円高不況に陥りました。

そこで政府は状況打破の一手として公定歩合の引き下げを行いました。金利を下げて、お金を借りやすくし、企業は業績を回復しはじめました。輸出産業も借りた資金で海外に工場を建て安く物を作るなどの工夫をして持ち直しました。おまけに景気が回復しつつあったことから、世間には使い道のないお金が大量に出回る「資金余り現象」がおこります。その結果余った資金は当時でいえば確実な資産として価値を保っていた「土地」を買うことに注がれます。借金して土地を買い、その土地を担保に借金をして、また別の土地を買う。実際の土地の数倍のお金が取引されていましたが、現実的な土地の価値に気づいた瞬間、泡のような土地の価値は一気に減り、失った価値と膨大な借金を抱えてしまった企業や投資家は路頭に迷う、これが「バブル経済」で起きた事実です。